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人の頭の配線はそれぞれものすごく違う 誰もサボタージュもしないし、敵意も無い

 


考えすぎでいわゆる神経質と周りから認定される自覚がある人は、レイ・ダリオ氏の『人生と仕事の原則』をお勧めします。多分ですが、相当理詰めで考えることが癖になっている人はダリオ氏に共感できるのではと考えます。

ページ234に「すべて生理的なことであると理解する…彼らは意図的に非生産的な行動しようと…」という部分があります。

周りが理屈的に考えておかしいと感じる行動をした場合、あなたは何らかの意図があるのではと勘ぐってしまうと考えます。

  • あなたに敵意がある
  • 相手はわざとサボタージュしている

でも、これらが間違えであることをダリオ氏が説明しています。ただ、このアイデアは全く新しい物ではなく、「ハンロンの剃刀」と言われる言葉で古くから言われています。

ハンロンの剃刀とは、単なるミスを恣意的な行動と解釈することです。AppleのSiriが一部の分野に関して回答をぼやかした場合に、Appleはその分野を意図的に避けていると考えることです。この場合は単なるSiriの技術的欠陥であり恣意的ではないという事です。

ダリオ氏は、「人の頭の配線はそれぞれものすごく違う」と言っています。人の頭は統一されたコンピュータアルゴリズムやフォーミュラー(公式)で反応しているわけでは無く、全て違う回路やアルゴリズムで処理されているという事です。

誰が答えても1+1は2になりますが、その頭の中での計算方法は100人いれば100人が全く違う方法で計算しているわけです。目で1+1を計算式として解釈する方法は人それぞれです。そしてその演算結果を紙に書く方法も人それぞれが全く違う方法で行っているわけです。

このことを理解すれば、他人の間違えに関して今までよりは冷静になれると考えます。

話はずれますが、ドラレコで撮影される酷い運転の動画があります。実はあれも、完全に当人の責任ではないと考えます。乱暴に見える運転も当人からすれば何も問題が無いと感じているわけです。 ただ、残念ながらそんな人は運転と言う意味では生産性を極端に下げるので多数決で運転免許をはく奪する方向で動きます。 これらも、正義感を持つよりは、「人の頭の配線はそれぞれものすごく違う」と考えてみるべきです。

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