音楽と言うとほとんどは軽い話で終わります。流行りの曲も流行が過ぎれば忘れてしまうわけです。時々懐メロやクラシック音楽がヒットチャートぎりぎりまで肉薄しますがそれらもすぐに忘れられてしまいます。
しかし、音楽を少し知っている人は「音楽理論は重要だ」とか言う傾向にあります。「いや、そんなこと良いから演奏してくれ」と突っ込みたくなるほどです。まだ楽器を演奏しまくる方が迷惑では無いわけです。
実は音楽理論って自然観察や考古学、歴史などと同じで「過去に流行した音楽の分析手法」にすぎません。考古学が古代文明を作り出さないように、音楽理論も音楽を作り出さないわけです。
でも、ジャズでセッションするにはコード進行などの理論が必要では? あれは、「楽典」と区別されています。それらは理論と言うよりは「楽譜の読み方」「似たような和音の組み立て方(ボイシング)」を説明しているにすぎません。ただ、電気理論では回路図の読み方も理論としているのでこの分類は微妙なところでもあります。
良くうんちくとして言われるのが「新しいコード進行」と言うものですが、これも後から分析したらそうであったという事と言う事で、意図してそういう理論を使ったわけではありません。
ちなみに電気や化学は大学で基礎研究されたものが応用されるという流れですが、音楽の場合は音楽大学は過去の音楽の分析や分類をしますが、大学が新しい音楽を発信しているわけではありません。過去には「ミュジークコンクレート」を大学や研究機関などのアカデミック主導で普及させようとしましたが、失敗に終わっています。実は今流行している音楽は「近代音楽の技法」で作られた新しい曲なわけです。
この近代音楽の礎となっている理屈の一つとして「オクターブ」があります。ざっくりした説明ですと、ドの上のドがオクターブです。レの上のレもオクターブの関係です。この音を同時に鳴らすと心地よい音を感じることが出来ます。オクターブは2倍の関係なので、この関係こそ素晴らしい物であり自然の法則と考えられています。
しかし、単にほぼ無限に存在する有理数の一つであるわけです。だから、特にオクターブが自然の物では無いわけです。どちらかと言うと人が恣意的に選んだ数字なわけです。
ブルーバックスの「音律の音階の科学」でも、オクターブは
「神経生理学的基盤に基づく生得の部分と学習による部分が組み合わされた結果」P28
と引いています。何か説明しているようですが、正直何も説明していないわけです。
この話を音楽をやっていた人に聞くと反対するどころか、そんなことを考える暇などないという事を言います。今与えられた音楽を演奏するので手一杯であるわけです。そんなことより作曲者の意図を考察したり、昔から演奏されているオーケストラを聞いてみることの方が重要なわけです。
もう少し話を聞くと、音楽理論とされる話は単なる合意事項あり、自然の法則などではないとも言います。基準周波数が決められているのは合奏のためであると言います。先ほどのジャズバンドのコード進行も演奏のための合意事項であるわけです。また、楽譜に示された音楽を演奏するためには作曲された音律に近い物に従う必要があるだけで、その音律が自然の法則であるわけでは無いとのことです。
円周率や自然対数の底は誰もが同じ数字を使います。これは合意事項ではなく自然で定められた数字だからです。しかし、音楽理論などの決まりごとは合意事項であるわけです。人間が基準周波数を決めて、有理数に近い数値で音階を決めただけの話です。
ちなみに現代の楽器は「平均律」と言う方法で音階が決められています。12回掛けると2になる数字で音階を区切っているわけです。この方法で音階を作るとすべての調性で演奏が問題なくできますが、オクターブの2以外は無理数なわけです。そう、全く自然ではないわけです。このことから音楽理論は自然現象ではなく合意事項の意味合いが多いわけです。
最後に余談ですが、440Hzの基準周波数は悪魔の周波数と陰謀論的なことを言っている人たちがいます。その根拠としては440Hzの音をコップの水に当てると激しくしぶきを上げるという事です。その方々が「美しい」とされる周波数をコップの水に当てると水面は安定しています。 これを聞いてどうでしょうか? 単にコップの大きさと水の位置を440Hzで荒れるように調整しただけです。 騙されないでください。
まとめとしては
- 音楽理論は音楽を作り出すためではなく、後から分類するための研究である。
- ヒットチャートは音楽大学から生まれていない
- 音楽理論として解明されていないパターンはまだ残っている
- 理論とか言う前に演奏すれば良い音と悪い音の区別はつく
- 理論以前にやる事が残っている
- 演奏することが目的であり、それ以上を語る暇などない。
コメント
コメントを投稿